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一般社団法人 HPCIコンソーシアム
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分野2レポート 新物質・エネルギー創成

常行 真司
Shinji Jyogyo

東京大学

研究

分野2では、電子論・原子論に基づく物質・材料の大規模計算により、基礎科学のブレイクスルーをもたらすことで、産業やエネルギー問題の解決に寄与することを目指し、以下の7つの重点課題を設定して研究を進めてきました。

  1. 相関の強い量子系の新量子相探索とダイナミックスの解明(代表:今田正俊(東大))
  2. 電子状態・動力学・熱揺らぎの融和と分子論の新展開(代表:天能精一郎(神戸大))

    物質の中の電子が互いに避けあいながら分布・運動する効果のことを、電子相関と言います。電子相関は、電気伝導や磁性、光学特性などの物性に、劇的な効果をもたらすことがあります。たとえば1985年に発見され1987年にノーベル物理学賞の対象となった銅酸化物高温超伝導体のような遷移金属酸化物では、電子相関がとくに重要であると考えられています。分子の凝集や生体分子の高次構造形成にとって重要な分子間力(ファンデルワールス力)を生み出すのも、電子相関です。

    電子相関を精度よく取り入れて物性や分子間力を計算することは、原理的にも、また計算量の点でも、物質科学シミュレーションの最大の難問の一つです。そこで新しい理論と高並列プログラミングにより、電子相関を精度よく取り入れるシミュレーション手法を開発ながら、課題(1)では固体(結晶)の物性計算と新しい量子相の探索、課題(2)では分子間力や分子集合体の動力学を研究してきました。

    課題(1)で開発された手法は、固体で通常用いられている密度汎関数法を出発点とし、そこから電子物性を決定づける電子軌道のみを抜き出すことで、自由度が少なく扱いやすい低エネルギー模型をつくり、その模型を量子モンテカルロ法等で精密計算するという、多段階手法です。これにより、密度汎関数法ではうまく扱えなかった電子相関の強い遷移金属化合物結晶や分子性結晶の理解が、格段に進みました。

    課題(2)では、電子波動関数の表現を工夫したF12法の高並列プログラム(GELLAN)により、これまで不可能だった100原子程度までの大きな分子の高精度計算を実現しました。この手法は、有機分子を使うデバイスの材料開発や、生体分子の機能解明に利用されています。

  3. 密度汎関数法によるナノ構造の電子機能予測に関する研究(代表:押山淳(東大))

    半導体デバイスの微細加工がすすみ、10ナノメートル程度のサイズのデバイスが、現実的なものになってきました。そのくらいのサイズ(差し渡し数十原子、3次元で数万原子)になると、デバイス表面や電極との界面での原子位置の乱れや、デバイス全体に広がった電子の量子力学的干渉効果などが無視できなくなってきます。そこでデバイス全体を丸ごと電子状態計算し、ナノ構造デバイスの電子機能を予測しようというのが、この課題です。その際、通常使われる平面波を用いたプログラムでは、「京」の全ノードを使うような高並列化が難しいため、分野2の研究者と筑波大、理研の計算機科学者が協力し、並列化に適した差分法による実装とチューニングを行いました。こうして開発されたプログラムRSDFTは、「京」の7割を使った10万原子の計算で43%を超える実行効率を達成し、2011年のゴードンベル賞を受賞しました(現在は50%以上)。シリコンであれば、「京」の全系を使わなくても10,000原子の電子状態計算が日常的に実行可能という現在の状況は、「京」以前には考えられなかったことです。これにより、たとえば半導体のヘテロエピタキシー成長時に現れる特徴的なナノ構造の特性が明らかになるなど、まさに原子レベルのデバイスシミュレーションが始まっています。

  4. 全原子シミュレーションによるウイルスの分子科学の展開(代表:岡崎進(名大))

    生体分子といえども多数の原子からなる巨大分子であり、シミュレーションにより物質として機能を明らかにすることは、分子科学の重要な課題です。原子間、イオン間に働く相互作用のモデルを使って、ウイルスカプシド(ウイルスのゲノムがはいった殻)のような巨大分子と周囲の水、合わせて1千万原子の動力学を精度よくシミュレーションすることも、「京」のために開発された高並列の分子動力学法プログラム(Modylas)を用いて初めて可能になりました。ウイルスの感染をもたらすレセプター(受容器)との相互作用や、ウイルスカプシド内外の水循環、乾燥に対する耐性などが、まさに原子レベルで明らかになりました。感染を妨げる抗ウイルス剤の研究も始まっています。

  5. エネルギー変換の界面科学(代表:杉野修、山下晃一(東大))

    燃料電池や二次電池の中で起きている化学反応は、電子移動を伴うこと、系が複雑な構造をもつ複合材料であること、多くは電場下の非平衡条件で起きる現象であること、ある程度長い時間スケールでの反応であることから、原子論に基づくシミュレーションが非常に困難な現象です。この課題では、有限バイアス電場の下での電子状態計算を実現する有効遮蔽媒質理論(ESM)や、溶液のゆらぎの効果をサンプリングする手法を用いて、「京」で大規模な第一原理分子動力学シミュレーションを実現しました。

    これにより、たとえば燃料電池の白金表面で起きる複雑な化学反応の素過程を解明する成果や、リチウムイオン二次電池の安定動作にとって重要な、電解液の分解と界面保護膜形成の新機構の提案、高濃度電解液の高いイオン輸送特性の理論的裏付けなどが行われました。

  6. 水素・メタンハイドレートの生成、融解機構と熱力学的安定性(代表:田中秀樹(岡山大))

    日本近海の海底には、メタンが水分子のかごのなかにとらえられた結晶、メタンハイドレートが大量に存在しており、エネルギー資源として注目されています。「燃える氷」と言われるように、常圧に取り出したメタンハイドレートは準安定な物質です。この課題では、メタンハイドレートからメタンを取り出すプロセス、つまりメタンハイドレートの分解機構とその制御法に、課題(4)で開発された高並列分子動力学コードModylasによる長時間シミュレーションを使って挑みました。その結果、分解の過程で生成されるメタンガスの気泡によって分解が促進されること、また塩やアルコールなどの転嫁が分解にどのような効果をおよぼすかが明らかになりました。

  7. 金属系構造材料の高性能化のためのマルチスケール組織設計・評価手法の開発(代表:香山正憲)

    産業や社会基盤を支える金属系構造材料の飛躍的な性能向上を目指し、性能を支配する微細組織(転位、粒界、析出物など)の構造や機械的性質を電子論から解明しようというのがこの課題です。微細とはいえ、通常の電子状態計算の常識からいえばけた違いに大きなスケールの微細組織を計算するため、金属系でオーダーN計算(計算量が原子数Nに比例する計算)を実現できるプログラム(OpenMX)を利用しました。「京」を使った大規模計算により、鉄の中の転位芯の構造や、添加された不純物が原子種によって転位の動きやすさに与える影響が明らかになりました。また実際の鉄鋼材料で行われる析出強化(鉄中にTiC等を析出させ、転位移動を妨げて材料を強化すること)の設計に重要な、析出物の部分整合界面の計算が、初めて実現されました。

これら7つの重点課題に加え、次世代の重点課題候補となる課題や、分野として重要な基盤的シミュレーション手法開発の課題など、13件を特別支援課題として設定しました。これらの課題には「京」の資源配分は行っていませんが、研究会への参加や分野2参加機関の所有する計算資源の提供、アプリ高度化支援、人材育成を通したサポートを行ってきました。その中からも、たくさんの科学的成果が生まれています。

組織

分野2では、超並列計算を駆使した科学・技術の振興のために、物性、分子、材料分野を融合したネットワーク型のコミュニティー「計算物質科学イニシアティブ」(Computational Materials Science Initiative、以下CMSI)を形成しました。CMSIは物性研究所、自然科学研究機構分子科学研究所、東北大学金属材料研究所を中核拠点、産業技術総合研究所、物質材料研究機構を産官学連携拠点、東北大学、東京大学、金沢大学、豊橋技術科学大学、総合研究大学院大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、神戸大学を教育拠点とし、さらに個人参加の研究者を加え、中核メンバーは117名、研究会等の行事に参加するコミュニティーメンバーは1,000名を超えました。主催した研究会やシンポジウム等への行事参加者のべ人数はH27.12時点で11,123名となり、物質科学分野に大きなインパクトを与えています。

分野振興活動

研究開発グループは物性研、分子研、金研のスパコン20%の計算資源提供やCCMS神戸拠点でのプログラム高度化支援等を受け、超並列計算技術を習得しました。その結果、多くの特別支援課題が「京」の一般利用公募に採択されています。

CMSIが実施した実験家や企業との連携研究会やシンポジウムは、文部科学省の元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>(H24-33)へのCMSIメンバーの参画や、実験研究者との共同プロジェクトの受託、企業との共同研究開始や産学のコンソーシアム設置等につながっています。SPring-8やJ-PARC、KEK-PFなどの大型研究施設と実施した連携シンポジウムは、情報共有が進んだことで、具体的な課題の解決策を探る勉強会に発展しています。

人材育成活動としては、全国の若手研究者育成のための計算科学特論の配信講義、最先端の超並列計算技術を学ぶための合宿、ソフトウェア利用促進のための講習会など、様々な企画を実施しました。配信講義の人気サイトへのアクセスは1万件を超えています。 また、CMSIで構築し運営している物質科学計算ソフトウェアのポータルサイトMateriAppsは、ユーザ数が1万人を超えるサイトに育っています。

CMSI ウェブサイト
http://www.cms-initiative.jp/
上記のうち、人材育成・教育(配信講義、Web講習会等)に関するページ
http://www.cms-initiative.jp/ja/education

物質科学計算ソフトウェアのポータルサイトMateriApps
http://ma.cms-initiative.jp/ja