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一般社団法人 HPCIコンソーシアム
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分野3レポート 「防災・減災に資する地球変動予測」について

今脇資郎さん

今脇 資郎
Shiro Imawaki

分野3統括責任者
海洋研究開発機構
特任参事

成果報告会

分野3では去る1月28日に東京都千代田区のイイノカンファレンスセンターで「最終成果報告会」を開催しました。この報告会は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が戦略機関として推進してきた、「京」を中核としたHPCIを活用する戦略プログラム分野3「防災・減災に資する地球変動予測」が最終年度を迎え、その成果を、研究者を中心に広く発信するために開催したものです。約170名の参加がありました。JAMSTECの堀田平理事の開会挨拶に続き、文部科学省の阿部陽一参事官補佐と矢川元基分野マネージャより挨拶があり、本事業の重要性が説明されました。続いて課題責任者の木本昌秀教授(東京大学)と斉藤和雄部長(気象研究所)が「防災・減災に資する気象・気候・環境予測研究」の成果について、また古村孝志教授(東京大学)と今村文彦教授(東北大学)、堀宗朗教授(東京大学)が「地震・津波の予測精度の高度化に関する研究」の成果について講演し、5年間の事業を通じて、着実に成果が創出されていることを紹介しました。続いて高橋桂子センター長(JAMSTEC)が「計算科学技術推進体制構築」について説明しました。最後に、本プロジェクトの統括責任者である今脇と「地震・津波」の研究開発課題責任者の金田義行招聘上席技術研究員(JAMSTEC)の司会で総合討論を行い、盛況のうちに終了しました。

目的

振り返りますと、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による東日本大震災の復旧・復興作業のまっただ中で開始された本プロジェクトは、防災・減災に対する社会の強い要請のなかでスタートすることとなりました。「分野3の研究成果には社会から大きな期待が寄せられています」と事ある毎にメンバーにお願いしてきました。それから5年、大規模自然災害の軽減に向けて、HPCI戦略プログラム分野3では「京」を用いて台風、集中豪雨、地震、津波などのナチュラル・ハザードに関する大規模で高精度のシミュレーションを、全国の大学や研究機関と共同して実施し、学術的な展開を図るとともに実際の防災・減災に資することを目指して活動してきました。分野3の研究開発課題と成果につきましては、去年9月に大改訂したパンプレットが下記URLから参照できますのでご覧頂きたいと思います。

http://www.jamstec.go.jp/hpci-sp/pamphlet/pamphlet.pdf

研究成果

各課題で世界最高水準の研究成果が数多く創出されていますが、そのうちのいくつかをご紹介します。

「地球規模の気候・環境変動予測に関する研究」では、地球全体の雲の生成・消滅をシミュレートできる全球雲システム解像モデル「NICAM(ニッカム)」を使って、熱帯域におけるマッデン・ジュリアン振動(MJO:巨大積乱雲群)の1ヵ月先までの予測が可能であることを実証しました。MJOは熱帯域での主要な大気変動であり、全球大気に影響を及ぼす他、エルニーニョの発生・終息や熱帯低気圧の発生にも関係があると考えられています。さらに2004年8月に発生した八つの台風について、約2週間前に発生が予測できることを示しました。またNICAMを用いて世界で初めて1km以下の格子間隔での全球大気のシミュレーションに成功しました。2日分の再現に「京」の20,000ノード(全系の1/4)を用いて延べ9日間を要するという大計算でした。

「超高精度メソスケール気象予測の実証」では、集中豪雨や竜巻などの局地的な気象現象の予測には、雲解像モデルの開発とともに初期値の高精度化が重要であるとの認識から、詳細な観測データをモデルに同化するデータ同化技術や、初期値が微妙に異なる複数の予測により、予測誤差を定量的に求めるアンサンブル予測の手法を開発しました。2012年5月のつくば竜巻、同年7月の九州北部豪雨、2013年10月の伊豆大島での集中豪雨、2014年8月の広島での豪雨土砂災害などのケースに適用し観測結果に近い結果を得ました。例えば2014年の広島豪雨のケースでは、日本列島を含む広い領域(1,600km×1,100km)を250m格子という高解像度でシミュレートしました。この規模の領域・格子間隔で集中豪雨の予測精度を調べたのは世界で初めてです。

「地震の予測精度の高度化に関する研究」では、南海トラフなどでの海溝型巨大地震の発生と、それに伴う強震動・地殻変動・津波の高精度予測に向け、(1)地震発生予測シミュレーション、(2)地下構造推定シミュレーション、(3)地震波伝播・強震動予測シミュレーションの、三つの要素シミュレーションを高精度化しました。これらの要素モデルを結合して、それぞれの予測結果を入力として連成し、地震発生〜地震波伝播〜強震動・長周期地震動の発生の連成シミュレーションに世界で初めて成功しました。この連成シミュレーションを南海トラフ地震に適用し、成果を国の中央防災会議などに提供しました。

「津波の予測精度の高度化に関する研究」では、日本海溝と南海トラフ沿いを対象とした津波伝播計算のために、分散波理論を適用したグリーン関数群を構築し、リアルタイム波源推定のための理論津波波形データベースを高度化しました。また津波氾濫計算モデルを「京」に移植して、仙台平野を5m格子でモデル化した2時間分の津波浸水解析が2分以内で実行できることを示し、リアルタイム津波ハザード予測に向けて大きく前進しました。さらに津波の遡上過程に関する大規模並列計算に成功し、市街地での局所的な津波挙動のみならず建物に作用する流体力も高精度に捉えることが可能となりました。

「都市全域の地震等自然災害シミュレーションに関する研究」では、構造物の地震応答に関する解析手法と、都市の地震応答に関する解析手法を開発しました。前者に関しては材料・幾何非線形に対応する動的有限要素法を開発し、鉄筋コンクリート橋脚や超高層ビル、原子力発電所建屋などの解析を行いました。大型震動台を使った実験との比較などから、この解析手法の有用性を示しました。後者に関しては地盤・建物・避難を連成して行う統合地震シミュレーションを開発して、東京23区内の10km四方の領域にある32万棟の建物を対象とした計算に成功し、極めて高い時・空間分解能の地震災害・被害評価を例示しました。この計算は2年続けてゴードン・ベル賞の最終候補に選ばれました。

いずれのケースもモデルの予測の高度化を進めるためには観測データとの比較・検証が不可欠です。風向・風速・雨量などの気象観測データや地震波・海水位などの地震・津波観測データ、さらに建物の揺れのシミュレーションでは防災科学技術研究所のE-ディフェンス(実大三次元震動破壊実験施設)の実験結果と照合して精度を高めています。

成果の社会還元

世界最高水準の研究成果を創出するとともに、成果を社会還元することも重要です。自然災害の予報・警報については、分野3の研究成果が気象庁の業務に反映されることがメインストリームです。そのためにはまだまだ解決すべき課題がいくつかあります。避難行動までの十分なリードタイムが確保できる計算能力を持つシステムの導入が大前提ですが、さらに数値予報モデルの入力データとなる気象観測データの高度化も重要な課題です。そういえば気象衛星ひまわり8号が利用できるようになってからテレビに映る雲の画像がとても細かく鮮明になったのにお気づきになったでしょうか? このことからも観測データの時・空間分解能の重要さをご理解頂けると思います。我々の「気象・気候」課題の研究は、新たな気象予測の可能性を探り、5年後・10年後の天気予報の進むべき道を方向付けるという大きな役割を担っていると考えています。

成果の社会還元のもう一つの側面はハザードマップの作成です。これについては、色々なチャンネルやプログラムを通じて、自治体などにより研究・実践されていますが、分野3の立場は、防災・減災対策や避難行動をサポートできる次世代ハザードマップを作成する際に必要な基盤技術を研究開発し、それを各方面で応用して頂くということです。例えば南海トラフ地震に関する防災研究プロジェクトの地域研究会においては、行政などの関係者にシミュレーションの有効性を説明し、地域に特化した課題解決の手段となりうることを示しています。また高知市では具体的な津波浸水シミュレーションと避難シミュレーションによって災害時の状況を試算するプロジェクトを進めていますが、我々はそれを側面からお手伝いしています。

運営その他

分野3の運営について振り返ってみたいと思います。参加機関は25にのぼり、プロジェクトの参加者は、「気象・気候」関係が約130人、「地震・津波」関係が約80人、「計算科学研究推進体制構築」関係が23人で、全体で240人程のビッグプロジェクトです。日本中のこの分野の第一人者を組織し協働して研究を進めるお世話をするのが私の役割です。皆さん一家言をお持ちの方ばかりなので、説得が難しい局面もなかったわけではありませんが、最終的には皆さんに協力的に対応して頂きました。不満だったことを一つだけ述べますと、「京」を利用するために、詳細な基礎資料を繰り返し要求されました。今後は、忙しい研究者がなるべく労力を掛けないですむように手続を簡略化していただきたいと思います。

イベントとして、分野3全体のシンポジウム(3回)や成果報告会(2回)、そして超高精度メソスケール気象予測研究会(6回)や地震津波シミュレーションワークショップ(5回)などを開催してきました。成果を広く市民や関係者に紹介するとともに、研究者同士が研究内容を議論し情報を共有するのにはよい機会になったと思います。また、特に「地震・津波」関係では、自治体関係者の関心も高く、広く意見交換を行える場を提供できたと自負しています。

計算科学技術を推進・発展させるために、アプリケーションの高度化対応として専門技術員を2名雇用し、神戸のJAMSTECサテライトオフィスに駐在してもらっています。「京」を使いこなすにはどうしても専門家のサポートが必要になります。人材育成に関しては、分野3は、シミュレーションの分野では歴史ある伝統的分野ということもあり、主には実際の研究現場で必要な技術を身につけていただくOJT(オンザジョブトレーニング)の形を取りました。新人に対しては年に1回「京」に関する研修会を開催しました。

今後

分野3の今後の展開ですが、ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題のうち防災・環境問題というカテゴリーで、「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」と「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」の二つの重点課題が採択され、既に準備研究が始まっています。前者では地震・津波・都市災害の統合的シミュレーションと予測の高度化がますます進められることと期待しています。また後者では大気中のエアロゾルなどの化学成分の振舞や影響などの研究も新に含められると聞いています。ますますの発展が期待できます。

HPCI戦略プログラムはこの3月末で終了し、HPCIコンソーシアムでの私の任務もこれで終りですが、コンソーシアムには、今後も計算科学分野と計算機科学分野が共に発展するように尽力して頂きたいと思います。ポスト「京」はもとより、その先の将来にわたる長いスパンでの二つの分野の健全な成長とHPCIコンソーシアムの活躍を期待しています。