宇宙の歴史は、137億年前にビッグバンと呼ばれる超高温・超高密度の状態から始まったと考えられています。その後、温度が下がるにつれて、陽子や中性子といったバリオンがクォークとグルーオンの束縛状態として作られます。次いで、陽子や中性子が結合して軽い原子核が生成されます。
一方、宇宙には、正体不明のダークマター(暗黒物質)がバリオンよりもはるかに大量に存在するとされています。宇宙は、始めにダークマターが重力により集まって構造を作り、それに引き寄せられて通常のバリオン物質が銀河や星を形成し、現在の姿になったと考えられています。銀河では、活発に星が誕生する一方、重力崩壊・超新星爆発などで死滅しています。この過程で、より重い原子核が生成されます。
このように、宇宙の構造形成の歴史と物質の生成史は密接な関係があります。
HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」の目標は、ビッグバンに始まる宇宙の歴史の中で素粒子から原子核、星・銀河形成に至る物質と宇宙の起源と構造を統一的に理解することです。そのために、4つの研究開発課題を選びました。
これらの課題を、ピーク性能10ペタフロップスのスーパーコンピュータ「京」を用いて研究してきました。
HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」は、計算基礎科学 連携拠点(Joint Institute for Compurational Fundamental Science:JICFuS)を構成する8機関を中心に、多くの国内の機関が協力して推進してきました。
基礎科学分野の計算資源の効率的な運用、人材育成、研究ネットワークの構築、分野を超えた連携などを進め、次の様な計算科学技術推進体制を構築してきました。
これらの計算科学推進体制の下に、分野5の4つの課題の研究開発が行われてきました。これらの課題の「京」で得られた成果などにつきましては、以下のURLを参照して下さい。
研究者紹介ウエブマガジン『月刊JICFuS』 http://www.jicfus.jp/field5/jp/category/mj/
プレスリリース http://www.jicfus.jp/field5/jp/tag/press-release/
計算基礎科学連携拠点は2つのコンセプトのもと、連携拠点の発展と計算科学の推進のため、社会とのより良い関係づくりを目指してきました。
計算基礎科学連携拠点の広報コンセプト
広報コンセプトに基づく広報の活動方針
広報活動の一環としてJIFCuSムービーをこれまで8本制作してきました。いずれも第一線の研究者が自らの研究内容を判りやすく説明した内容になっています。昨年11月に制作した最新作では、分野5の統括責任者である京都大学基礎物理学研究所の青木愼也教授が、研究開発課題(1)の研究開発課題責任者である理化学研究所仁科加速器研究センターの初田哲男主任研究員や大阪大学核物理研究センターの石井理修准教授のお二人とともに計算基礎科学連携拠点設立へ到るまでの道筋を語っています。その内容を、本誌上に再現いたします。
原子核は陽子や中性子で構成されており、電磁気力だけを考えると陽子同士の斥力で一塊にはなりません。それをつなぎとめているのが「核力」です。核力は長い間正体がわかっていませんでしたが、スーパーコンピュータを使った大規模シミュレーション「格子QCD」で、解明の糸口が見えてきました。京都大学の青木愼也教授、理化学研究所の初田哲男主任研究員、大阪大学の石井理修准教授らは、素粒子物理学、原子核物理学、計算科学の知恵を持ち寄り、「核力とは何か」という難題に取り組んでいます。大規模シミュレーションにより初めて核力を示した研究成果は、2012年度仁科記念賞を受賞するなど高い評価を得ています。この研究は、計算科学による素核宇宙連携を行う計算基礎科学連携拠点(JICFuS)設立の大きなきっかけともなりました。戦略プログラム分野5において様々な分野融合的研究が実施され、それはポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」に引き継がれます。
青木:この方法が正しい方法で、かつ核力だけでなくどんなものにも応用できる、というのがわかってきたので、これはやれる所までともかくやりましょうと。
素粒子物理学はものを細かくしていくとどうなるかを調べる学問なのですが、じゃあ、その作っているモノは何か? クォークという名前がついているのですが、陽子や中性子を壊してバラバラにしてクォークをとりだそうとしても、なかなか出来ないと言うことが判ってきて、それを記述する理論としてでてきたのが量子色力学です。それを解くことによって、陽子とか中性子の運動の仕方、重さなどは全て説明できるはず。ところが、とりだせないということは力が非常に強いことを意味するのですが、紙と鉛筆で解くことができない。
それで1974年にWilsonという人が量子色力学、英語ではQuantum ChromoDynamics、QCDと呼んでいるのですが、QCDをコンピュータを使って計算できるのではないかと指摘して、それ以後QCDを格子の上において、陽子、中性子、波動の性質を調べるという格子QCDの数値シミュレーションが発達してきた。
大学院に入ったのは1982年なのですが、その時には格子ゲージ理論がだいたい判ってきた頃で、僕は初めは理論的な事をやっていました。その後、KEKに日立のスパコンが入ったころから、理論的にやっていた事を数値的に確かめられたらおもしろいなということで始めまして、どっぷり数値計算につかるという意識はあまりなかったです。
初田さんとの出会いは、僕アメリカにいるときに。研究分野は違ったけど、まあ年も近いし、仲が良かった。
初田:1989年、ふたりともアメリカの東海岸で博士研究員を、私は原子核理論の研究室で、彼は素粒子理論の研究室で。いつも一緒に話し合うようになって。
青木さんは日本の筑波大学に帰ってきて、僕もしばらくしてから筑波大学に職を得て、それで格子QCD関係で仕事をしたのが、第二の出会いでした。
青木:あるとき、格子QCDを使って、π中間子同士の波動関数を作ってそこから相互作用を目に見える形にして、という研究がありました。その学会講演を聞いた、当時東大にいた初田さんが「これはもしかしたら核力みたいなものが計算できるかもしれない。」と言い始めて、私の所にコンタクトを取った。
初田:いわゆる強い相互作用とか核力の理論は実はまだよく理解されていない。特に、核力は近距離になると強い斥力が働くのがなぜか理論的わかってなくて。
ところが2004年春の段階で筑波大学の石塚さんが共同研究の結果を発表されていて、それがπ中間子の間の相互作用の研究だったんですが、聞いてみたら非常におもしろくて、これはひょっとすると、昔から悩んでいた核力の問題に関係するかもしれない、と思ったのです。その年の秋に二人で「あっ、これはひょっとしたら大きな発展になるかもしれない。」という議論をしたのです。
青木:じゃやろうと思ったのですが、お互いなかなか忙しくて、研究が進展しないので、ポスドクの人を雇ってその人にがんばってもらってやってみてはどうか。
初田:本当に動きだすきっかけになったのは2005年の秋。石井さんがうちの研究室にやってこられた。それで正面から取り組まれました。
石井:僕が行ったときは、初田さんから「これをやろうよ。」といわれたので、「うーん」とか思ったのですが、何か楽しそうだったので、やりました。
青木:石井さんが来た2005年にちょうどKEKの新しい計算機BlueGene/Lが入ったので、じゃそれを使うということで。実は石井さん、計算機がものすごく良くできる人だという事が判ったので、あとは石井さんほぼ一人でがんばって、がんがん進めくれた。
石井:僕は中学のことからコード書きをやっていました。父親の趣味で、パソコンがずっと前からあって。
コードをまず移植しなければいけなくて。格子QCDを計算するシステムがあって、それはもともとはアメリカのBlue Geneのもとになったようなスーパーコンピュータで開発されたプログラムで、それをもらってきてBlue Geneで動くように色々いじって、その上に核力のコードを移植しました。一年後にLattice会議があるのでその時までに最初の結果をまにあわせようと。
初田:最初に石井さんは、2006年の6月だと思うのですけどBlueGeneの結果で「核力の斥力芯構造が見えてきました。」と、一枚紙を見せてくれました。それを見たとたん手が震えました。何十年来、湯川以来ずっとみんなが追い求めていた核力の一端が、本当にQCDから近似なしに見える話がでてきたんだということで、非常に感動的したのを今でも覚えています。
青木:きっちりした結果が出たのは2006年の秋。論文をまとめて2006年11月か12月に投稿して、アクセプトされたのが2007年5月か6月。記者発表を筑波大でやったのを覚えています。
初田:僕自身も興奮していたので「核力が出ましたよ!」みたいな電子メールを色んな人に送ったのです。Frank Wilczekさんという量子色力学を確立してノーベル賞をもらった人にも送ったら、すぐに「Great!」と一行のメールが返ってきて、彼にGreatと言ってもらえたら、なかなか見込みがあるのだ、とその時思いました。
青木:すごくおもしろいと評価してくれた人と、逆にこんなのでやられてたまるか、こんなのが正しい訳が無い!的な反応もありました。この方法が正しい方法で、かつ核力だけでなく色々なものに応用できるということが判ってきたので、これはやれる所までともかくやりましょうと。
初田:その頃に、京コンピュータを作るという話が本格的に盛り上がってきて、そのあたりから、核力の問題というのは実際には原子核、素粒子、宇宙の全部が絡んだ問題である、というような考えが生まれてきて、お互いの研究内容を知って、場合によっては共同研究という機運がうまれてきて、それが我々の核力の計算が大きな一つの種になったことはたしかだと。
青木:このような分野連携は今のところ日本が一番リードしていて、外国では原子核の人と連携するのはむつかしい。日本では、素粒子、原子核が連携できることは良かった。我々の研究はそれにつながっているのだと。
自分たちが正しいと思ったら、まずやりましょうと。それで10年後、20年後、みんながついて来てくれているとうれしい。
ムービー「スパコンの中のクォーク-素粒子から原子核をつくる」は以下のURLからご覧頂けます。
http://www.jicfus.jp/field5/jp/2015-4m/
さらに、これまで制作した分野5の研究開発に関係する「格子QCDシミュレーションで核力の謎に迫る」、「連星中性子星合体シミュレーションの世界」および「世界最大のシミュレーションでダークマターの正体にせまる」なども下記のURLからご覧頂けます。
http://www.jicfus.jp/jp/promotion/pr/mj-movie/
(構成:杉原正一)