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一般社団法人 HPCIコンソーシアム
ユーザー視点のインフラ構築を目指して
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産業界のHPC利活用促進を推進する
スーパーコンピューティング技術産業応用協議会

スーパーコンピューティング技術産業応用協議会の活動内容

▲ スーパーコンピューティング技術産業応用協議会の活動内容
http://www.icscp.jp/activities/

 スーパーコンピューティング技術産業応用協議会(産応協)は、スーパーコンピューティング技術の活用によって日本の産業競争力を強化することを目指して2005年に設立され、シミュレーションソフトウェアの研究開発成果の普及や人材育成などに取り組んでいます。また、産業界のHPCIユーザーコミュニティ代表としてHPCIコンソーシアムに加盟し、民間企業のHPC利活用推進に向けた実態調査や意見の取りまとめ、関係機関への提言活動などにも力を入れています。12年に及ぶ産応協の活動とその成果、さらに今後の取り組みなどについて、産応協・前実行委員長の伊藤宏幸さんにお話をうかがいました。

伊藤 宏幸
Hiroyuki Ito
スーパーコンピューティング技術産業応用協議会 前実行委員長
ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター
リサーチ・コーディネーター
大阪大学 未来戦略機構 第一部門 超域イノベーション博士課程プログラム 招へい教授

伊藤宏幸様

産業界のHPC利用促進を目指して

──産応協は2005年12月に設立されました。活動が始まって12年になりますね。

伊藤(敬称略) 設立は、ちょうど文部科学省がスーパーコンピュータ「京」の開発に着手したころでした。1993年に稼働した「数値風洞」は航空機の丸ごとシミュレーション、2002年稼働の「地球シミュレータ」は気候変動の解明・予測というように、それまでのスパコンには主要な課題が設定されていましたが、「京」は汎用スパコンということで、当初から産業界にも使ってもらいたいという話があり、それまでの「戦略的基盤ソフトウェア産業応用推進協議会」と「研究サイエンスグリッド産業応用協議会」を統合し、産応協が生まれました。前者は文部科学省の「戦略的基盤ソフトウェアの開発」プロジェクトに対する産業界の窓口として2002年に設立され、後者は文部科学省の「超高速コンピュータ網形成プロジェクト」発足に伴い、グリッド計算環境やナノテクシミュレーション技術の産業実用化を促進するための産官学連携の場として2003年に設立されていました。2つの協議会が統合され、約150機関が参画して産応協が発足しました。さらに2013年には、「京」の供用開始や国が進めるHPCI利用促進を受けて、産業界ユーザーコミュニティを代表する機関として社会的な責任を果たすため、それまでのボランティアベースの活動から体制を一新し、組織基盤の一層の強化を図り、今日に至っています。 ──現在の参加企業数はどれくらいですか。

伊藤 正会員は21社で、参加登録機関は大学、研究機関を含めて237機関です。企業はものづくり分野、社会基盤整備分野、化学・材料分野などが中心で、製薬企業は別の組織をつくっておられます。製造業の範囲はとても幅広く、私たちとしては、全ての分野から、代表する企業に参加してもらいたいと考えていますが、まだまだ思うように広がっていないのが実状です。

──スーパーコンピューティング技術やHPC利用について、産業界の意識は設立当時と比べて変わってきていますか。

伊藤 確かに変わってきていると思います。もちろん大企業は、以前から自社内で先を見通していろいろなことを考え、シミュレーションを含めて先進的なことにも積極的に取り組んでいますが、産業界全体を見ると、なかなかそこまで進んでいなくて、「同業他社が何か新しいことを始めたようだ。ウチも検討してみようか」というように、他社の動きをうかがいながら、ようやく動き出すというケースが多かったように思います。

「HPC産業利用オータムスクール 17」グループディスカッションの様子

▲ 「HPC産業利用オータムスクール 17」グループディスカッションの様子。
HPC産業利用オータムスクール17開催報告(PDF)

どの会社もそうですが、大半の人たちは、他社より一歩でも先へ行くために一生懸命にものづくりに励んでいます。コストを低くして利益を上げて、しかもお客様に満足していただきながらシェアを高めていきたい。もちろん大事なことですが、それだけでは視野が狭くなり、ローカルルールだけで競争力を判断してしまいがちです。今はそれだけでは済まなくなっています。もっと視野を広げ、大きな意味での競争力をつけていくことが重要です。スーパーコンピューティング技術はそのために欠かせないものです。そういうことが少しずつ理解され、最近では「何か特別なことをやろうとしている」という意識はなくなりつつあると思います。
ただ、各社それぞれに壁があり、特に中小企業などでは、CAE(Computer Aided Engineering)ソフトを導入したものの効果的に使われていないなど、普及がスムーズに進んでいない企業も多いようです。こうした状況を何とかしようと、産応協では2014年から3年間にわたり、「中小企業におけるシミュレーション活用・人材育成施策の推進」事業を、地域の公設試験研究機関と協力して進めてきました。例えば、中小の部品メーカーと大企業が電子データを共有して製品開発を行えば、欲しいパーツの正確な情報が直ちに伝わり、無駄なく必要なパーツを製作し、必要な時期に納入することが可能になります。こうした「ものづくり連携システム」による開発スピードや信頼性の向上、低コスト化の促進に加え、中小企業にとっては、シミュレーション技術を活用することで“請負仕事型”から“提案型”へのシフトも期待できるはずです。そのためにも、セミナーや勉強会などによる普及・啓蒙活動や人材育成が欠かせないと考えています。

HPCI利用の課題はソフトウェア開発とユーザー支援

──産応協は、HPCIコンソーシアムに準備段階から参画していますが、産業界のHPCI利活用については、現在、どのような状況ですか。

伊藤 「京」をはじめとするHPCIの利活用を通して、産業界においても多くの成果が挙がっていることは確かです。ただ、産応協としては、HPCIの産業利用はもっぱら研究開発に留め、いわゆるプロダクションランには使わないことが原則になっています。つまり、自社では保有できない大型計算機を用いて革新的な技術開発に向けた現象の解明・予測などを行うということです。HPCIは企業における将来の計算環境であり、これを使って将来の開発環境や利用による効果を先取りして検証しようと考えており、直ちに製品開発や商品化に結び付けて考えているわけではありません。実際に設計製造段階でプロセスに組み込まれるシミュレーションは、自前の計算資源や民間のクラウドサービスを利用するのが一般的です。もちろん、有償利用については成果非公開ですので、すべてがそうだとは言えませんが。とはいえHPCIは国の資産でもあり、それをプロダクションランに使うのはちょっと違うだろうという考えです。ただし、最終的には研究開発成果をプロダクションに応用していくことがHPCI産業利用の狙いであることは間違いありません。その意味では、さらなる利活用促進のために課題を明らかにし、課題解決に向けた検討・取り組みが重要であると考えています。

──産業界におけるHPCI利活用促進に向けた課題とはどのようなものですか。

伊藤様

伊藤 大きな課題の1つは、基盤ソフトウェアの充実です。現在、産業界のいろいろな分野で、既存のソフトウェアで対応できないさまざまな問題が存在しています。そうした問題解決に資する先端的なソフトウェアを、アカデミアなどと連携しながら開発していくことが必要と考えています。ただ、産業界も分野によってシミュレーションの活用状況が違っています。例えば機械・建設分野などでは、すでに特性を直接シミュレーションすることが可能になっているケースが多いのに対して、化学・材料分野では特性を左右する分子・原子レベルの挙動が明らかでないものも多く、シミュレーションの活用は現象の理解や大まかな方向付けにとどまるケースが少なくありません。こうした分野ごとの温度差というか進度の違いを明確にした上で、分野ごとのニーズを掘り下げながら、産業界が必要とする基盤ソフトウェアの開発を促していかなければいけないと考えています。アカデミアにおいては先進性や革新性が重要ですが、産業界としてはさらにその先にある実用化までを見通して取り組んでいただきたいのです。産業界にとっては、「問題が解けるようになった」だけでは困るのです。再現性や信頼性がしっかり確保されていなければ、実用性があるとはいえません。機械系のシミュレーションにおいて、現在、実用的といわれているソフトウェアのほとんどは、欧米で開発されたものです。スタンダードと呼べる、世界中で利用されるような実用的なソフトウェアが日本で生まれることを、産業界としては期待していますし、そのために産応協としても積極的に発言していきたい考えです。例えば、現在開発が進められているポスト「京」では、「ポスト『京』で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題(重点課題)」のカテゴリーの1つとして「産業競争力の強化」が含まれており、課題選定やアプリケーション研究開発の段階から産業界も深くかかわらせていただき、産官学協働による成果創出を目指していきたいと考えています。

「第38回スーパーコンピューティング・セミナー」を2017年7月に開催

▲ 「第38回スーパーコンピューティング・セミナー」を2017年7月に開催。
第38回スーパーコンピューティング・セミナー開催報告(PDF)

 産業界が使用するソフトウェアの利用環境整備も、HPCI利活用における大きな課題になっています。多くの場合、企業は商用ソフトウェアを使用して研究開発などを行っています。これらをHPCIに移植したり、高速化を促進するためには、大学の情報基盤センターをはじめとする資源提供機関からの積極的な支援が必要になります。オープンソースソフトウェアの利用についても、導入・高速化・検証などで、効率的に利用できる環境整備と利用者への支援が欠かせません。こうした産業界の利用者に対するサポート体制をさらに強化していただくことが、産業利用の拡大につながると考えています。すでに、高度情報科学技術研究機構(RIST)からは、「京」を含むHPCIの利用促進の一環として手厚い支援を頂いておりますし、また、「京」が設置されている理化学研究所計算科学研究機構(AICS)に隣接する計算科学振興財団(FOCUS)は産業界専用のエントリースパコンを保有しており、市販ソフトやオープンソースソフトウェアの整備により多様な産業界ユーザー向けのサービスを実施していて、潜在ユーザーの発掘などにも成果を生んでいます。今後は、さらに資源提供機関の支援機能を有機的に連携するなどして、ノウハウを共有し、ユーザーニーズに即したマッチングをシームレスに行い、効率的な成果創出に結びつける仕組みづくりにも力を入れていただくことを期待しています。

普及・啓蒙や人材育成に加えて提言活動も重視

──産応協は、設立以来、産業界ユーザーコミュニティ代表として、HPC利用推進に向けた課題についての意見集約や提言を数多く実施していますね。

伊藤 最近では、「HPCI産業利用推進に向けた提言」(2015年12月)、「ポスト『京』への期待」(2016年2月)、「『京』の供用に関する評価および『京』の今後に向けた意見・要望」(2016年3月)などの提言をまとめています。さらに2016年9月から5回に渡って「HPCの産業利活用促進検討会(Ⅰ)」を開催し、各業界を代表する12会員企業にHPC利用状況をプレゼンしてもらうとともに、今後HPCを活用していくための課題と対策について議論を重ねてきました。そして、そのなかから特にポスト「京」実現を視野に入れながら、「京」を中核とするHPCIの利用に関する部分を抽出し、提言「HPCIの産業利活用促進に向けて(Ⅰ)」を2017年5月に発表しました。先に紹介した課題もそこに含まれています。その他にもHPCI情報セキュリティについての懸念や、大規模データの効率的な取り扱いに関する課題、さらに費用やコンサルティングについて、トータルサポートやそれに向けた人材の育成に関する要望などが挙げられています。なかでも、企業では機密性の高いデータやプログラムを使用することが多く、各社でセキュリティポリシーを定めるなど、情報セキュリティへの関心は非常に高いです。HPCI運営側の情報セキュリティに関するガイドラインやチェックリスト、利用契約などが適切なものかどうかを検討し、リスクを確実に評価できるようにHPCI運営側と議論を重ねていくことが必要であると、産応協は考えています。また、「京」で大規模計算を行った際などには、出力される大量の結果データのハンドリングにも苦労しています。現在は、アクセスポイントまで出張し、朝から晩まで、場合によっては寝泊りして大量のデータを可搬媒体にダウンロードするか、あるいは宅配サービスで会社に送っています。結果データはすべて持ち帰り、「後は各社で見てください」ということになっているからです。しかし、結果データはすべてが必要というわけではありません。例えば、計算結果を可視化して、クローズアップしたこの部分のデータがあれば十分というケースもあります。必要なデータだけをダウンロードできれば、より効率的です。高速なファイル転送技術に加えて、こうした周辺環境の整備や拡充にも目を向けていただきたいと願っています。

──ポスト「京」の今後の動向も気になるところですね。

伊藤 「京」の資産を継承するとともに、アプリケーションとのコデザインを通してユーザーの利便性や使い勝手も追求するなど、ポスト「京」はバランスの取れた世界最高水準の汎用スパコンを目指すということで、産業界も大いに期待していますが、心配なのは「京」からポスト「京」に移行する間に空白期間が生じることです。その間はいわゆる第二階層の計算資源を利用することになりますが、そこに十分なキャパがあるのか、また、「京」で成果が出始めたところで違う計算機を利用するとなると、アプリケーションの移植など、またイチからやり直すことにもなりかねません。さらに、その後ポスト「京」に戻れるのかどうかも気になるところです。こうしたことに対する環境整備や利用支援、さらには制度設計まで含めた検討を、これからも続けていかなければならないと考えています。

将来に向けたロードマップを作成

──今後に向けて、他に産応協で取り組んでおられることはありますか。

「第9回スーパーコンピューティング技術産業応用シンポジウム」の様子

▲ 「第9回スーパーコンピューティング技術産業応用シンポジウム」の様子。
2017年12月に開催された第10回シンポジウムのテーマは「データが変革するものづくり~データサイエンスの最前線~」。
第9回スーパーコンピューティング技術産業応用シンポジウム開催報告(PDF)

伊藤 現在、この先10年程度を視野に入れて、産業界におけるシミュレーションのインパクトや、研究・開発・製造プロセスへの貢献を明確化したロードマップを作成中です。シミュレーション利活用の必要性や重要性、将来動向を分析し、どのような時間スケールで何を研究開発し、何を整備し、どのように人材育成すべきかを明らかにしようというわけです。ロードマップを作成することで、企業側もシミュレーションの重要性や可能性を再認識できますし、研究開発や投資の活性化・適正化が図れます。また、ロードマップを作成することで、国や関係機関も産業界を見据えた研究開発戦略の立案や支援体制の強化を進めることができると期待しています。このロードマップは、2017年度中に公表することを予定しています。

──スーパーコンピューティング技術は、近年、シミュレーションだけにとどまらず、ビッグデータ解析やAI技術など幅広い分野に拡大しつつあります。

伊藤 確かに世の中はデジタル化が進み、IoTの進行などで膨大なデータが生み出されるなど、時代は大きく変化しつつあります。産業界にとっても、大量のデータをどのように有効活用していくかが問われています。これまで産応協はどちらかというと現象シミュレーションを重視して活動を進めてきましたが、これからはより幅広いユーザーに参画していただき、シミュレーションだけにとどまらず、新しい時代に即したスーパーコンピューティング技術による国際競争力の強化を目指していく必要があると思っています。そのため、AIやIoTを産応協が主催するスパコンセミナーのテーマとするなどして、対応を開始しています。

──最後に、HPC利活用に関心を持ち、産応協への参画を考えている産業界の人々にメッセージをどうぞ。

伊藤 今までやっていなかった新しいことにチャレンジするのは確かに大変なことです。越えるべきハードルの数自体も少なくないでしょう。しかし、スーパーコンピューティング技術に関していえば、ハードルは昔に比べてずいぶん低くなっています。「産応協の活動によって」とは申しませんが、大学の情報基盤センターをはじめ関係機関や研究者にもご理解をいただき、コミュニケーションも非常にスムーズにとれる環境が整いつつあります。HPCは思いのほか身近なものになっています。ぜひシンポジウムやセミナー、勉強会などに参加していただき、同業他社がどんなことをやっているのか、産業界がHPCによってどのように変わりつつあるのかを見ていただきたいですね。